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第7回アウトリーチ情報交差点
開催レポート


 いわき芸術文化交流館アリオスでは、アウトリーチに携わる劇場やホールのスタッフ、アーティスト、アウトリーチに興味のある方などが集い、学び合う場として、「アウトリーチ情報交差点」を開催しています。
 2026年2月11日(水祝)に開催した「第7回アウトリーチ情報交差点」について、石橋鼓太郎氏(成蹊大学文学部客員講師)が執筆したレポートを公開します。

イントロダクション:アウトリーチって?インクルーシブって?

 2026年2月11日(水祝)、いわき芸術文化交流館アリオス 中リハーサル室にて、「第7回アウトリーチ情報交差点」が開催されました。パーカッショニストの野尻小矢佳(のじり さやか)さん、ピアノ/ワークショップアーティストの坂本夏樹(さかもと なつき)さんをパネリストに、制作者の鈴木智之(すずき ともゆき)さんをファシリテーターに迎え、「学校でのインクルーシブな音楽アウトリーチの事例とラウンドテーブル」というテーマのもと、参加者とともに語り合いました。
 会場に足を踏み入れると、すでに中央の机の上にはさまざまな楽器が置かれていて、「スタートまで自由にさわってネ!」との張り紙。続々と会場に到着した参加者は、思い思いに楽器に触れながら談笑しています。いつの間にか、野尻さんのマリンバ、坂本さんのピアノによる演奏もスタート。このイベント自体も、アウトリーチと同じように、参加者の緊張を自然にほどいていくような場として形作られていました。最終的に会場には、アーティスト、ホールスタッフ、いわき市民など、約20名の多様なバックグラウンドを持った参加者が集まりました。

 はじめに、ファシリテーターの鈴木智之さんから、日本におけるアウトリーチの起源と発展についての説明が行われました。アウトリーチという概念は、もともと福祉業界で用いられていたもので、文化芸術業界で本格的に用いられるようになったのは、1998年度以降の地域創造による「公共ホール音楽活性化事業(おんかつ)」がきっかけでした。特に、2008年に開館したここ「いわきアリオス」は、日本の公共ホールとしては初めてアウトリーチの専門セクションを設置した先進的な施設で、その取り組みは開館当初から現在に至るまで注目を集め続けています。アウトリーチという活動の形態は、その後全国へと広まっていき、今では各地の公共ホールがその事業の柱の一つとして取り入れるようになりました。さらにここ数年は、特別支援学校・学級などを対象にしたインクルーシブなアウトリーチの需要が高まっています。文化庁「学校における文化芸術鑑賞・体験推進事業」において令和3年度に先行実施された「ユニバーサル公演」がその代表的な事例です。
 本題に入る前に、「インクルーシブ」と「ユニバーサル」、そして「バリアフリー」などよく用いられる言葉の射程についても言及がありました。これらの言葉は、往々にして入れ替え可能な形で使われることもありますが、厳密に見ていくと少しずつニュアンスが違うものです。その事業に誰が何を求めているかによって、その事業に対する言葉遣いも、微妙に変化していくのです。そのうえで鈴木さんは、曖昧に使われがちなこれらの言葉の意味も含めて、この場を全員で一つの「答えを出す場」ではなく、異なる立場の人々がそれぞれの「問いを持ち帰る場」として位置づけました。


野尻小矢佳さんの報告:音楽を媒介にしたコミュニケーション

 ここからは、各パネリストによるプレゼンテーションと実演の時間です。パーカッション奏者の野尻小矢佳さんは、イラストや概念図が描かれた手描きの模造紙を紐解きながら、障害のある子どもたちとの音楽ワークショップの事例やその考え方について、実演を交えて紹介しました。野尻さんは、先述の「おんかつ」や「文化庁ユニバーサル公演」をはじめ、さまざまな現場で音楽アウトリーチを行っており、その中のひとつとして、フレキシブルな取り組みに対応する5名のアンサンブル「Smile Music」を主宰しています。その経験から、インクルーシブなアウトリーチ活動の際に主に心掛けているのは、「いろんな視点」と、「準備はしっかり、対面はまっしろ」の2点であるといいます。
 まず、「いろんな視点」。野尻さんは、音楽を多様な視点からとらえることが、多様な参加者に即したインクルーシブな音楽づくりにつながるといいます。たとえば、鹿威し(ししおどし)のように長い間をとって2つの音が演奏されたとき、人はそれぞれの音を聴いているのでしょうか。それとも、2つの音の間を聴いているのでしょうか。また、音楽は一般に「聴く」ものとされていますが、ジャンベやカリンバ、卵型シェイカーなどの打楽器に実際に触れることで、聴覚以外の経路からも音を感じ取ることができます。このように、一言で音楽といっても、音と音との関係をどう捉えるのか、音をどのように感じ取るのかは、人それぞれに異なります。多様な視点を持っておくことが、多様な参加者と接する音楽家にとっては重要なのです。
  また、それらを組み合わせることで、あらゆる参加者が安心できる環境をつくることも重要です。アウトリーチの場面で、いきなり参加を求められると、誰でも委縮してしまうものです。そうならないよう、音と音の「間」に耳を傾けてみたり、卵型シェイカーでリズムを演奏したりすることで、少しずつ音と人に慣れていく段階を作っていきます。逆に、たとえばあるコーナーを終える時に、こだわりが強かったり握力がコントロールできなかったりすると、手に取った楽器を離すことが難しいケースもあります。こういったときは、鳥が近くに来たら卵型シェイカーを巣に戻す、という仕掛けを作ることによって、自然に楽器を手放してくれることもあるといいます。
 「ユニバーサル」と言うと、すべての人に共通する普遍的な枠組みを提供するようなイメージを持つかもしれません。しかし実態としては、ある程度の共通基盤はありつつも、個々人の特性を少しずつ拾い上げて組み合わせることで、結果として立ち上がってくるようなイメージであるといいます。
  第2のポイントは、「準備はしっかり、対面はまっしろ」。準備の段階で最も重要なのが、アウトリーチ先との打ち合わせで、野尻さんはそれを「最初のアウトリーチ」と位置づけています。このとき、苦手なことやできないことを最初に聞いてしまいがちですが、野尻さんはそれよりも先に、普段はどんなことをしているか、好きなことは何かを聞くようにしています。これによって、準備する音楽自体の要素や、基本的なコミュニケーションの取り方、全体を進行する方法など、根幹にかかわる部分が変わってくるためです。
 このような事前準備を経て、当日はできるだけ進行や枠組みを決めすぎず、子どもたちから受け取ることを起点に組み立てることが多いといいます。こちらから乗せる、引っ張るのではなく、お誘いはするがみんなのペースで進んでいい、というイメージです。演奏する曲は、できるだけ多めに準備しておき、その場の様子を見て変更したり、追加したりすることもあります。そして、その場で臨機応変に対応するためには、個人やチームの瞬発力やコンディションを万全に整えておく必要もあります。このようなプロセスを経て、音楽を一方的に届けるのではなく、音楽を媒介にしたコミュニケーションの場を作ることが、野尻さんの実践の大きな目的なのです。

坂本夏樹さんの報告:音楽との安心できる出会い

 続いてプレゼンテーションを行ったのは、ピアニスト/ワークショップアーティストの坂本夏樹さんです。坂本さんは、音楽ワークショップユニット「おとみっく」の代表、「一般社団法人IROHAMO」の代表理事として、全国各地で参加型のコンサートやワークショップを行っています。また、東京文化会館のワークショップ・リーダーとしても、ホール内外の幅広い現場で活躍しています。近年は、ワークショップを実施する人材や場所を増やす環境づくりの活動、音を光に変換するデバイスの開発などにも携わっています。
 坂本さんは、「インクルーシブな公演」について、「何らかの背景によってホールや劇場の音楽イベントに参加できなかった人々が、安心して参加できる場所や人の中で行う公演」として捉えているといいます。その場所は、特別支援学校・学級にとどまらず、院内学級、夜間学校、療育センター、放課後デイサービス、フリースクール、インターナショナルスクール、こども食堂など、多岐にわたります。
 坂本さんは、過去に視覚障害のある友人とピアノを通じてコミュニケーションが取れたこと、そして聴覚障害のある大人の男性が「音楽は違う世界のもの」と言っていたことが、非常に印象に残っているといいます。このように音楽は、出会い方によって、誰かをつなぐことも、逆に遠ざけてしまうこともあります。そのため、人々や環境の特性に応じて柔軟に内容を変化させていくことで、「音楽との安心できる出会い」をアレンジする必要があるのです。
 事例として紹介されたのは、札幌コンサートホールKitaraにおける障害のある子どもを対象とした参加型のプログラムです。そこでは、「宇宙」をテーマにした同じプログラムを、対象となる子どもたちの特性に応じて、複数回に分けて異なる方法で実施しました。聴覚障害のある子どもの回では、ティンパニの上にビーズを置いたり、風船を触ったり、光る輪を用いたりすることで、音を身体的・視覚的に感じ取れる体験を取り入れる。肢体不自由のある子どもの回では、アーティストが子どもに近づき、楽器の肌触りや音の振動を直接感じられるようにする。視覚障害のある子どもの回では、動きや楽器の大きさを言葉で具体的に説明し伝える工夫をしたり、聴覚障害のある子どものプログラムで用いていた「光る輪」を「鈴がついた輪」に置き換えたりする。こういった工夫によって、プログラム自体の内容を大きく変えたり強度を薄めたりすることなく、異なる特性の参加者が参加しやすい環境をそれぞれにつくっていきました。
 坂本さんは、インクルーシブなアウトリーチを実施するアーティストには、複数の異なるスキルが必要とされるといいます。音楽のパフォーマンス能力はもちろん、それに加えて、段取りを滞りなく進めていく進行管理の能力、参加者を牽引するリーダーシップ、そして個々の参加者を後ろから支えるファシリテーション能力、という3つの能力が求められます。さらに、それらの能力をその場に応じて即興的に組み合わせることで、空間自体をデザインしていく能力も必要です。坂本さんが目指す「音楽との安心できる出会い」は、子どもたちの特性に応じた入念な準備のもと、その場に適した異なる能力の即興的な組み合わせによって、はじめて可能になるのです。
 最後には、参加者全員で「1・2・3・4・5」というワークを体験してみました。各番号に割り振られたボディパーカッションを、指揮者の出す番号に応じてテンポよく演奏していく音楽ゲームで、主にイントロダクションとして用いることが多いといいます。この中で、たとえば3以降の内容を参加者が決めたり、指揮を参加者に委ねたりすることもあります。参加者が自由にふるまえる余地が適度に残されていることで、正解や間違いという枠組みを緩め、個人の特別な行動がむしろその場の魅力につながる設計になっている点が特徴です。このような段階的な導入によって心と体をほぐしていくことも、安心できる場づくりへとつながっていくのです。

ラウンドテーブル:チームで音楽をつくること

 後半は、参加者を交えてラウンドテーブルが行われました。まず参加者から話題になったのは、多様で幅広い参加者の特性に、どこまで個別に対応していけばよいのか、という点です。インクルーシブなアウトリーチは、身体障害や知的障害だけでなく、不登校、フリースクール、貧困など、何らかの理由でホールに「来られない人」全般にかかわるものであり、その困難さは個別具体的なものであるためです。
 登壇者の二人によると、この点について考えるためには、事前の学校側とのコミュニケーションが必須だといいます。できるだけ現地に行き、会場の構造やレイアウト、学校や教室の雰囲気、子どもの好きなことや普段の様子など、幅広いトピックを先生と共有しあいます。また、現地に伺えない場合も、オンラインで先生と直接話し合う時間を大切にします。これによって、子ども一人ひとりのことを最もよく分かっている先生に「チーム」の一員になってもらい、一緒にいい時間を作り上げていくプロセスを踏んでいけることが理想です。
 そのうえで、音楽家の側も、できるだけ複数人の信頼できる仲間と、チームで行くようにしているといいます。ある程度の人数がいると、ある人が気づかないことに他の人が気づくことができ、参加者の興味が引っかかるフックを多くつくることができるため、多様な特性を持つ人々が参加できる間口が広がっていきます。また、チームで臨機応変に対応できるように、普段から互いの考えを共有しあったり、予備の曲をつくっておいたり、普段から音楽に対して広い視野を持っていたりする準備の段階も重要です。
 そしてトークは、そもそもなぜアウトリーチをするのか、という根本的な問いへと立ち返っていきます。登壇者の二人とも、福祉や医療の専門的な立場ではなく、あくまでも音楽家としての立場から、どのようにその場ならではの音楽をつくっていけるのか、という点を重視しているといいます。音楽家がインクルーシブなアウトリーチを行う意義は、音楽を一種のコミュニケーションツールとして捉えて、その場で出会った人々の音楽と自分の音楽を重ね合わせながら、新たな音楽を生み出す喜びを共有できる点にあるのではないか、という意見も出てきました。
 最後には鈴木さんより、今回話された多くのことが、インクルーシブなアウトリーチのみならず、アウトリーチの根本にかかわることなのではないか、という投げかけがありました。入念に打ち合わせや準備を重ねたうえで、目の前の参加者たちと真正面から向き合い、その場で安心して音楽を共有できる方法を模索していくことは、あらゆるアウトリーチにとって重要なのです。

まとめ:現場に固有の知と、現場を越える知

 アウトリーチ先の先生、共演者である他のアーティスト、そして参加者である子どもたち…。それぞれに異なる背景を持っており、それらは時にぶつかり合うこともあります。しかし、野尻さんと坂本さんの報告、そしてその後のラウンドテーブルから見えてきたのは、むしろ異なる人々が関わりあっているからこそ、豊かな出来事が起こるという発想です。自分が気づいていないことに、他の誰かが気づいているかもしれない。突飛な言動だが、自分では思いつかない、その場を面白くするためのヒントをくれているかもしれない。それぞれがそれぞれの仕方で気がつくことを拾い上げ、異なる方向性の注意=ケアが連鎖し、プリズムのように乱反射して空間に充満していくことで、多様な参加者の特性が引き出された豊かな音楽が立ち上がっていくのです。
 そのためにもう一つ必要なことは、「チーム」であるという認識の共有です。先生やアーティストのあいだで、事前に打ち合わせや意見の共有を重ねていくことで、誰が何を得意なのか、そしてその中で自分は何をすべきかが見えてきます。そして、そのように時間をかけてつくられた「チーム」であるからこそ、その場をよりよいものにすべく、自分の特性を最大限に発揮して、注意を働かせることもできるのです。子どもたちも同様で、慎重に段階を踏むファシリテーションによって安心できる場を作り、人と場に慣れてコミュニケーションが取れるようになってはじめて、その場をともに過ごす「チーム」の一員になっていきます。ともに同じ時間を過ごし、音や言葉を交わしあうことを通じて、互いに異なりながら共有できる部分を探っていくこと。それを通じて、その場ならではの音楽をともにつくり上げていくこと。これこそが、インクルーシブなアウトリーチの、ワークショップの、もしかしたら音楽の、本質的な部分なのかもしれません。
 音楽のアウトリーチやワークショップが日本に導入されはじめてから、約四半世紀。その間、全国各地でさまざまな実践が積み重ねられ、現在もそのニーズは増え続けています。それらの実践は、その場ならではの出来事を重視するため、現場に、ホールに、アーティストに、地域の固有の方法論や暗黙知を積み重ねてきた一方で、現場を超えてその知が共有される機会は、決して多くなかったと言えます。時に音を出しながら、異なる立場の参加者が長時間にわたって意見を交わしあう「アウトリーチ情報交差点」は、その共有のための絶好の機会であり、ここから未来へ向けて新たな知のあり方が発信されていくかもしれません。黎明期からその中心地であり続けている「いわきアリオス」は、まさにアウトリーチ実践の交差点として、今後も重要な役割を果たしていくのではないでしょうか。


石橋鼓太郎(いしばし こたろう)
1993年生まれ。博士(学術)。専門はアートマネジメント、音楽人類学。非専門家が参加する実験的・即興的な音楽実践を主なフィールドとして、異なる背景を持つ人々の関わり合いの中で音楽が立ち上がる過程に関心を持つ。研究・企画制作・中間支援・演奏・ファシリテーションなど、さまざまな立場で実践に携わりながら、音楽を通じて人・組織・制度をめぐる既存の関係を組み替えることを試みている。東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科教育研究助手、アーツカウンシル東京芸術文化調査員等を経て、現在、成蹊大学文学部客員講師。


【公演情報】
第7回アウトリーチ情報交差点
~学校でのインクルーシブな音楽アウトリーチの事例とラウンドテーブル

日時:2026年2月11日(水祝) 13:30開始
会場:いわき芸術文化交流館アリオス 中リハーサル室
パネリスト:坂本夏樹(ピアノ/ワークショップアーティスト)、野尻小矢佳(パーカッション)
ファシリテーター:鈴木智之(制作者)